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江戸時代のベストセラー作家 山東京伝の黄表紙の世界



江戸時代前期、木版印刷が普及すると商業出版が本格的にスタートし、それまで貴族や武家のものだった本が庶民の手にも届くようになります。

当初は仏書や歴史書など硬派な出版物ばかりでしたが、絢爛な文化が花開いた元禄期になると、娯楽小説をはじめ実用書、ハウツー本、教育本、ガイドブックなど次々に新しいジャンルが開拓され、様々なベストセラーが生まれました。

江戸庶民が楽しんだ娯楽小説に「黄表紙」と呼ばれる文芸ジャンルがありました。

「黄表紙」とは絵と文章で構成され、フキダシのようなものもある、いわば「大人の絵本、マンガ」。洒落と社会への批判をあざ笑う内容で、あちこちに仕込まれたダジャレや風刺などを読み解くのも楽しみのひとつ。

喜多川歌麿、葛飾北斎など人気浮世絵師が挿絵を担当し江戸庶民に大人気でした。

そんな黄表紙の世界でヒット作品を連発したベストセラー作家、山東京伝。


1780年、18歳で黄表紙作家としてデビューを果たした山東京伝(さんとうきょうでん)は江戸時代後期の浮世絵師であり戯作者。

自ら挿絵も描き、そのユーモラスでシュールな世界観で瞬く間に黄表紙界の大人気作家となった山東京伝。彼の作品をいくつかご紹介。

モテ男になりたい! 金持ちブサメン奮闘記

『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』(1785年)


あらすじ 主人公は団子鼻がチャームポイントのブサメン・艶二郎(19歳)。

金持ちのひとり息子の艶二郎の夢は「モテまくって世間の噂になりたい!」

悪友2人を相談役に、金にものをいわせて色男になるため奮闘する艶二郎。果たして夢は叶うのか!?

色男になろう作戦1 彼女の名前を刺青しよう!(※ 彼女はいない)


「モテる男って彼女の名前を刺青したりしてるよね!おれもアレやりたい!」

「実在しない彼女の名前を刺青して、なおかつ違う女性から嫉妬されたい!」という理由で刺青を入れることにした艶二郎。 しかし彼女もいないし嫉妬してくれる女性もいない艶二郎。

金の力で遊女を買って、刺青を見せたら嫉妬するよう頼みます。

遊女「その刺青は誰の名前!?きー!悔しい」(棒読み)

艶二郎「にやにや」

なにこれー!

色男になろう作戦2 金で熱狂的なファンを買おう!


色男には熱狂的ファンが付き物!ということで、町芸者に50両(約500万円)を渡して熱狂ファンを演じてもらうことに。

段取り通りに家に押しかけてきた艶二郎ファンを名乗る女性に家族は仰天。

家族「ブサイクな若旦那にファン!?あなた家を間違えてない?」

艶二郎「にやにや」

全部自分でやらせてます。

色男になろう作戦3 心中をしよう!


色男の究極のラストっていえば心中だよね!

でもホントに死ぬのはイヤだよね!

ということで艶二郎、狂言心中をやることに。

遊女を言いくるめ、大金をはたいて、いざ心中。

というところで、泥棒に身包みはがれて2人はすっぽんぽん。 なお、この泥棒の正体は艶二郎を改心させようとした父親と番頭。 結局、色男にはなれなかった艶二郎ですが、すっかり懲りて改心する、というラスト。心中ごっこに付き合ってくれた遊女と結婚もできたし一応、ハッピーエンド。 主人公の艶二郎は、どこか憎めないキャラクターが受け「うぬぼれ男」の代名詞となり江戸庶民の人気者になりました。 また、艶二郎の団子鼻は「京伝鼻」とも呼ばれ、手ぬぐいにグッズ化されたりしてます。デザインはもちろん山東京伝。


ヒロインは人魚。というか人面魚。

『箱入娘面屋人魚(はこいりむすめめんやにんぎょう)』(1791年)

あらすじ あの浦島太郎が乙姫さまにも飽きたので、鯉の娼婦と浮気したところ、鯉は妊娠してしまう。

浦島太郎は保身のため赤ちゃん人魚を捨ててしまう(外道!)。捨てられた人魚ちゃんの行く末やいかに…


漁をしていて人魚ちゃんを釣り上げてびっくり仰天の漁師の平次。

人魚「怪しい者じゃありません。人魚です。お嫁さんにしてください」(充分あやしい) めでたく(?)夫婦になった平次と人魚ちゃんですが、とにかく貧乏で生活が立ち行かない。 そこで夫を愛する人魚ちゃんはけなげにも遊女になる決心をします。

女郎屋の主人は人魚に「魚人(うおんど)」という源氏名をつけ客を取らせようとするが……。


「この子めちゃくちゃ生臭いんだけど!(怒」と客からクレーム。


結局、初日で遊女はクビになり平次のもとへ戻された人魚ちゃん。そりゃそうだ。 近所に住む学者「人魚をなめると若返るって古い本に書いてあったよ」

それを聞いた平次、『寿命の薬 人魚御なめ所』という看板を出したところ大評判に。ひとなめ=1両(約10万円)の高額にも関わらず押すな押すなの大行列。


大金持ちになった平次は「もうちょっと若くなれたら、あとは言うことないのになぁ」と思い、嫁が人魚なのをいいことになめまくってたら、若返りすぎて子どもになっちゃう。 これは困ったという状況でドロンドロン~と現れたのは、なんと人魚の父親である浦島太郎と母親の鯉。浦島太郎が平次に玉手箱を開けさせると、ちょうどいい感じの年齢に大変身。ついでに何故か人魚ちゃんも人間に!

2人は末永く幸せに暮らしましたとさ。

山東京伝が描く変な地獄! 『一百三升芋地獄(いっぴゃくさんじょういもじごく)』(1789年)

あらすじ 主人公は、この世にあるという136の地獄すべてを巡った豪傑。地獄コンプリートを成し遂げこの世に戻ってきた男は、子どもたちの歌う歌詞に初めて聞く地獄を知る。その名も「芋地獄」。好奇心旺盛な男はさっそく芋地獄を見物すべく旅立つ…。

芋地獄はこの世で罪を犯した芋を罰する地獄。

芋地獄の長は閻魔ならぬ大タコ大王(なんで?)。今日も地獄へ落とされた芋たちに罰を与えます。


大タコ大王「精進料理でありながら、鰻の蒲焼風に料理されて和尚に精をつけさせたな!」と糾弾。

現世での罪を映す鏡にはたしかに鰻が。。


賽の河原では小芋たちが石の代わりに里芋を積み上げ塔をつくる。チビッ子の小芋たち怖い。


地獄に落ちたつくね芋たちが、ある者はワサビおろしですりおろされ、ある者はすり鉢ですられる。

そう、ここは「とろろ地獄」!

こんな感じで続く芋地獄の様子を見物していた地獄マニアの豪傑。しかし実はこの芋地獄、タコ大王がつくった偽地獄であった!

激怒した閻魔大王によりタコ大王は灼熱地獄で茹ダコにされてしまったとさ。めでたし、めでたし。

その後の京伝

ヒット作品を連発した山東京伝でしたが、1787年から松平定信の「寛政の改革」が始まり、にわかに暗雲が立ち込め始めます。

「寛政の改革」により、幕府を批判することは厳しく禁止され、風刺作品などもっての外。

山東京伝の作品は政権批判や皮肉を含んだ作品が多かったため真っ先に幕府に目を付けられますが、

それをあざ笑うかのように「寛政の改革」を風刺する作品を発表する山東京伝。

絶対権力に服従するしかない江戸庶民は、この京伝の軽業に喝采。この政治風刺黄表紙は超大ベストセラーになった。

しかし、戯作者は甘かった。

山東京伝は「出版物により世を惑わせた罪」で罰金刑を受ける。

しかし山東京伝の創作意欲は衰えなかった。

多くの作家、出版商人が黄表紙の制作から手を引く中、京伝は精力的に執筆を続け、黄表紙、洒落本の3分の1以上は京伝の作品で占められていた。

このご時世の中、京伝の創作を支援し出版したのは蔦屋重三郎という商人でTSUTAYAの屋号の由来になった人物。

京伝と蔦屋の「反権力」的出版を庶民は大いに歓迎した。

どの作品も飛ぶように売れ、増刷が間に合わない、製本が間に合わない。

山東京伝は子供でも知る超人気者の有名人に。

しかしとうとう二度目の処分が下される。

山東京伝は手錠50日間。

蔦屋重三郎は財産半分没収。

製本用に紙を売った紙問屋は江戸追放。

「庶民のヒーローになったつもりで幕府批判を続けた結果、蔦屋重三郎や紙問屋にまで迷惑をかけてしまった。」

以来、京伝は風刺本を書かなくなります。

後日談だが、寛政の改革の張本人であり京伝を2度も罰した松平定信の記した日記には実は京伝のファンであったことが記されています。

松平定信の寛政の改革は贅沢を禁じ、過度な娯楽を良しとせず江戸庶民には窮屈で不評であったが、彼もまた当時の幕府の腐敗を断ずるため、国の将来を憂い、断腸の思いで決断した改革だったのかもしれません。

堅物すぎる松平定信はその後失脚しますが、のちに起こった天明の飢饉では「寛政の改革」での質素倹約が功を奏し、ほとんど餓死者を出しませんでした。

粋でいなせで華やかな江戸文化の象徴のような男・山東京伝と、まじめで堅物で国のために憎まれ役を買った男・松平定信。

なんとも面白い。

進士 素丸

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