ジョン万次郎とハナミズキのお話

2019/01/19

 

皆さんジョン万次郎ってご存知ですか?

なんかアメリカ行って通訳とかしてた昔の人くらいの認識しかないかもですが実は凄い人物。

名前のせいでいまいち尊敬されないジョン万次郎。

その波乱に満ちた人生とは。

 

1827年

四国の土佐の貧しい漁村で生まれた万次郎。

8歳の時に父親を亡くし、病弱な母親や兄弟を養うために小さいころから一家を支え稼ぎに出ていました。

生きることに精いっぱいで寺子屋に通うこともできず、読み書きも出来ません。

 

1841年

万次郎14歳の時、仲間とともに漁に出て嵐に遭難し船はバラバラ。鳥島という日本から500キロ離れた無人島に命からがら漂着します。

住んでいるのはアホウドリだけのこの島。

万次郎たちはアホウドリを捕まえようとしますが中々うまくいきません。

そこで万次郎たちはアホウドリが雛に与えるために運んでくる魚を強奪することに。この作戦はうまくいき万次郎たちはなんとか生き延びます。

俺たち一生これで食っていけるかも、と思っていたところで誤算が生じます。アホウドリのひなが育ちきってしまい親鳥が魚を運んでこなくなったのです。

もう魚も手に入らなくなって、雨も降らず絶体絶命だ!

 

そこに見たこともない大きな船が通りかかります。
天の助けともいえるその船はアメリカの捕鯨船ジョン・ホ―ランド号。

万次郎たち5人は、こうしてホイットフィールド船長率いる捕鯨船に助けられたのです。

無人島生活143日目のことでした。

 

船長「日本は鎖国中で行けないから、とりあえずハワイまで乗せてってやる。ただで乗せてやる余裕はないから働いてもらうけどな。」

 

というわけでハワイに向かう万次郎一行。

ハワイへの航路の中、万次郎の利発さを気に入った船長は彼だけハワイで降ろさず、アメリカ本土に連れていき養子として迎え教育することにしました。

 

船長「お前の名前は今日からジョン万次郎だ」

日本に帰りたいのにとうとうアメリカまで来ちゃって変な名前まで付けられた万次郎。

 

漁師の息子として生まれ、寺子屋にすら通えなかった万次郎を、ホイットフィールドは学校に通わせます。

万次郎は思います。

 

ここで勉強しまくって航海術を身に着けて船乗りになって日本に帰るんや!

 

言葉というハンディキャップがあるにも関わらず飲み込み早く、2年半の在学で英語だけでなく、測量術、航海術、数学、造船術等を習得。

日本に帰りたい一心で頑張りすぎて首席で卒業する万次郎。
 

1848年

万次郎21歳。立派な一等航海士となった万次郎は捕鯨船に乗り込みます。

乗り込んだ船で万次郎が聞きます。

「この船、日本方面行く?」

聞かれたアメリカ人が答えます。

「え?行かないよ?」

 

万次郎は(おそらく日本人としてはじめて、そして本心では日本に帰りたいと思いつつ)
南極、大西洋、インド洋と、世界中の海を航海します。
気づいたらどんどん出世していて副船長にまで上り詰めていた。

そんな船乗り生活の中、万次郎はとうとうアメリカで結婚することに。お相手の女性の名はキャサリン。

「生まれてくる子供には、男の子ならダグッドと名付けてくれ」

万次郎はそう言ってまた船旅に出ます。

しかし万次郎の航海中にキャサリンは事故死してしまいます。

 

「もういやだ!絶対日本に帰る!」

 

1850年

万次郎はゴールドラッシュで沸き返るサンフランシスコに渡ります。

日本に帰る資金を貯めるために金を掘りまくります。はりきり過ぎて半年で600ドル貯めます。現在に換算すると1000万くらい!

 

たんまり稼いだ万次郎は、まずはハワイに向かいます。

「ハワイにいるはずの昔の仲間も日本に連れて帰ってやろう。」

10年経っても仲間のことを忘れない熱い男、万次郎。

 

1851年
ハワイで仲間たちと再会した万次郎。

「日本に帰ろう!」

仲間たち

「いや別にいいよ。おれらこっちで結婚もしちゃったし。」

万次郎

「えーーーーー!」

 

ひとり寂しく香港行きの船に乗り、沖縄近辺で、用意していた小舟に乗り込んで九州に上陸してやっと日本に帰ってきた万次郎。

 

さっそく長崎奉行所に捕まり1年間の尋問の日々。
ようやく開放されて土佐に帰るも、土佐でも捕まり1年間尋問の日々。

 

そんな中、

 

1853年
黒船来航!!
日本中大混乱の中、多分当時の日本で一番英語ペラペラで一番外国事情に詳しい万次郎は幕府からスカウトされます。
土佐の牢屋暮らしから、いきなり旗本に格上げされる万次郎。
日米和親条約にむけて通訳や助言、取りまとめを行っていきます。

その後も坂本龍馬や福沢諭吉など幕末の重要人物がわんさか万次郎の元に話を聞きに来るのでアメリカの話を聞かせてあげます。

 

1860年

万次郎「仕事大変だけど自分のスキル存分に発揮できて楽しい~。なにより日本にいれて幸せ~」

 

幕府「お、そんなに楽しい?そしたら今度アメリカに使節団送るから通訳で行ってきて。」

 

万次郎「えーーーー」

 

日米修好通商条約の批准書を交換するための遣米使節団の1人として、再びアメリカへ。
船長の勝海舟の船酔いがひどく、使い物にならなかった為、プロ中のプロの船乗りだった万次郎が代わって船内の秩序保持に努める。

 

万次郎はアメリカで自分を育ててくれたホイットフィールド船長に会いに行きます。

彼は万次郎が祖国で立派に役割を果たしていることを大いに喜びます。

そして亡き妻キャサリンの墓前に手を合わせます。

 

帰国の際、他の使節団の皆がお土産にとあれこれ買い漁る中、万次郎は一株のハナミズキの苗を買います。日本でも手に入るような木の苗を買ってどうするんだ?と仲間は不思議がります。

ハナミズキは別名はアメリカヤマボウシ。そして英語でDOGWOOD=ダグッド。

万次郎がキャサリンと約束した息子の名前ダグッドはハナミズキという意味だったのです。

 

万次郎は亡き妻を想い、生まれてこれなかった子供と重ねるようにハナミズキの苗を日本に持ち帰ったのでした。

そして万次郎が持ち帰ったハナミズキは今現在も東京大学附属植物園の小石川植物園で毎年花を咲かせているのでした。

 

進士 素丸

 

 

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