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樋口一葉「たけくらべ」に見る吉原の風景


樋口一葉といえば5千円札の肖像として、神功皇后に次いで2番目にお札の肖像に抜擢された日本人女性。神功皇后は日本神話の登場人物なので、実在した女性としては日本初になります。

樋口一葉は明治時代に生まれ日本初の女性職業作家となりましたが、その生涯は波乱に満ちたものでわずか24歳の若さで肺結核で亡くなります。

作家として過ごしたのはわずか1年2ヶ月。

その期間に近代文学史に残る作品を数多く残し、当時の文壇トップにいた森鴎外や幸田露伴らに絶賛され「文学界奇跡の14ヵ月」と言われました。

「奇跡の14ヵ月」、この期間に書かれた作品の中で、一葉の代表作にして傑作と言われる「たけくらべ」という作品があります。

「たけくらべ」は吉原遊郭を舞台に、思春期にさしかかった子ども達の群像と淡い恋を描いた物語です。

樋口一葉は21歳のころ、吉原の裏路地に居を構えており、当時に見聞きしたこと感じ取ったことが大きく作品に反映されています。

主人公の名前は、美登利(みどり)。14歳の娘で東京下町の吉原に家族で住んでいる。貧困のために売られた姉はやがて人気の遊女となり、そんな姉を美登利は誇らしく思う。 いずれ自分も遊女になる運命だが、辛い裏側のことは何も知らなかった。

美登利は姉のなじみ客から小遣いをもらっては友達に豪快におごったり、ふるまいはまるで女王さま気取り。それでも町の人は美登利の好きなようにさせていた。 吉原に入ったら、死ぬまで外に出られないのを周囲の人は知っていたからだ。

美登利は信如という1つ年上の仏門を目指す少年と出会う。

二人は惹かれあっていたが言葉や態度に表すことはなかった。 ある時、信如が転んで泥だらけになったのを美登利が介抱してると周りにからかわれ、はやし立てられ、噂になってしまった。 内気な信如は、それ以来美登利のことを無視し避け続け、ついには疎遠になってしまう。

ある雨の日のこと。美登利は家の前で、下駄の鼻緒が切れて途方に暮れている信如を見かける。真っ赤になって立ちつくす美登利。しかし、相変わらず信如は美登利を無視します。

切ない思いがこみ上げる美登利。何も言わずに、鼻緒を直すための赤い縮緬の手ぬぐいを投げ出し、その場を去りました。

美登利の子ども時代は、突然終わりを告げる。

鷲(おおとり)神社の祭りの日、美登利は髪形を島田髪に変えていた。これは、吉原では遊女になる準備が始まるということ。しかし美登利は、自分の身に起きた変化が受け入れられず、経験したことのない感情に襲われる。そして、沈み、人目を避けるようになる。ようやく遊女というものが自慢できるものではないことを理解したのだった。

大人になんかなりたくない…と、美登利は泣き続ける。

一葉は、遊郭・吉原という特殊な舞台を用意しながら、子どもがやがて向き合うことになる現実を伝えます。身分や地位、経済力によって人々を分け隔てる大人社会の一面です。

一葉自身、封建的な母親に「女に学問は不要」と進学を許されず、早くに父や兄を亡くし貧困と戦いながら必死に生き、血を吐き、前のめりに書けなくなるまで書いて夭折した人でした。

封建制や女性差別、貧困といった一葉自身が生涯戦い続けたキーワードを下敷きにして「たけくらべ」は書かれたのです。

物語の締めくくり。一葉は、二人のはかない関係にもう一つのエピソードを書き加えました。ある日、美登利の家に水仙の花が投げ入れられます。

美登利はなぜだか懐かしい感じがして、その水仙を飾り、さびしげで清らかな姿を眺めました。

ふと、かつて信如に「水仙が欲しい」と言ったことを美登利は思い出します。あとから伝え聞いたところ、その翌日は吉原から遠く離れた仏教学校に信如が入学する日だったのです。

赤い縮緬の手ぬぐいに対して、白い水仙の花。相愛でありつつも、一度も親しむことのなかった二人が交わした唯一のそこはかとない心の交流は、たったこれだけでした。

一葉はデビュー前に小説家の半井桃水(なからい とうすい)に師事していましたが、桃水に恋愛感情を持っていました。しかし醜聞が広まったため、桃水に迷惑を掛けまいと一葉は桃水との恋を諦めたのです。

死後に発表された『一葉日記』には、美登利が信如を思うように、「種々(さまざま)の感情むねにせまる」と桃水に対する想いが切々と綴られています。

進士 素丸


見返り柳

吉原で遊んだ客がこのあたりで振り返り名残を惜しんだという柳。


お歯黒溝遺構

当時の吉原は遊女が逃げ出さないように4メートル幅の溝でぐるっと囲われていました。真っ黒い水が流れておりお歯黒溝と呼ばれていました。「たけくらべ」の冒頭にも印象的に登場します。


鷲神社(おおとりじんじゃ)

「たけくらべ」ではクライマックス、美登利が遊女になるシーンに登場します。暗く沈む美登利と鷲神社の賑やかで喧騒な描写が対照的です。

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